2024年9月26日、静岡地裁は1966年に静岡県清水市(現・静岡市)で発生した一家4人殺害事件に関与したとして強盗殺人などの罪で死刑が確定していた袴田巌さん(88)の再審判決で、無罪を言い渡した。裁判長である国井恒志氏は、事件当時に捜査機関が行ったとされる三つの証拠捏造を認定し、袴田さんの自白や物的証拠の信頼性を大きく揺るがす決定を下した。
三つの捏造が認定される
国井裁判長は判決において、袴田さんに対する捜査での「証拠捏造」を強く批判した。捏造とされた三つの要素は以下の通りである:
- 自白調書の強制
袴田さんが当時署名した自白調書は、身体的および精神的な苦痛を伴う取り調べにより得られたものであり、その自白には信頼性がないと判断された。 - 5点の衣類の加工・隠匿
事件現場から見つかったとされる「5点の衣類」は、実際には捜査機関によって加工・隠匿されたものである可能性が高いと認定された。この衣類には、血痕が付着しているとされたが、その血痕の保存状況や色味に関して疑問が呈された。 - ズボンの切れ端の捏造
5点の衣類の一部であるズボンの切れ端が袴田さんの実家から見つかったとされていたが、これも捏造された証拠であるとの認定が行われた。
血痕の色味が争点
2023年10月から2024年5月までの15回にわたる再審公判では、主に5点の衣類に付着していた血痕が大きな争点となった。袴田さんが事件当時勤務していたみそ製造会社のタンク内から、事件から1年2カ月後に発見された衣類には、赤みが残っていたとされ、当時の確定判決ではこれが犯行時の着衣とされていた。しかし、弁護側はこの赤みが残っている点に強く異議を唱えた。
みその化学反応による変色
弁護団は、袴田さんが事件の2カ月後に逮捕されるまでの間に、衣類がみそタンクに長期間漬けられていたならば、みそに含まれる化学成分による反応で血痕の赤みは完全に消えていたはずだと主張した。したがって、衣類が発見された時点で赤みが残っていたことは、捜査機関が袴田さんの逮捕後に証拠をタンク内に投入し、捏造した結果であると弁護側は訴えた。
検察側の反論
これに対して検察側は、タンク内の酸素濃度が低かったため、血痕が黒く変色する速度が遅れ、赤みが残っていたことは自然な現象であり、証拠捏造の主張は「非現実的で実行不可能な空論」だと反論していた。しかし、静岡地裁は捜査機関の証拠提示に信頼性が欠けていたと判断し、最終的に無罪判決を言い渡した。
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日本の司法制度に与える影響
今回の袴田巌さんの再審無罪判決は、日本の司法制度に対する信頼を大きく揺るがすものとなった。捜査機関による証拠捏造や、強制的な自白が長年にわたり死刑判決の根拠となっていた事実が、改めて浮き彫りになった。死刑囚に対する再審無罪判決は、戦後わずか5例目であり、1989年に発生した「島田事件」以来35年ぶりの事例である。
袴田さんは、半世紀以上にわたり死刑判決の下で過酷な日々を送ってきた。彼の長年にわたる苦しみと、再審請求に尽力した弁護団の努力が今回の無罪判決に結実したことは、冤罪の可能性がある死刑囚にとっても希望となるだろう。
今後の展望
今回の判決を受け、今後日本の司法制度において、証拠の適正性や自白の信頼性に対する厳格な見直しが進むことが期待される。また、冤罪の可能性が指摘されている他の事案に対しても再審請求の動きが活発化する可能性がある。
一方で、再審無罪判決が下されたとはいえ、袴田さんが受けた長期間の拘束と精神的な苦痛に対する補償や名誉回復が今後どのように進められるかが注目される。
今回の無罪判決が、日本社会における司法の公平性と正義を問い直す契機となり、今後の司法制度改革に影響を与えることが期待される。